2013年04月23日

大学ラグビー(といっても関西やねんけど)

先日、日本代表CTBで歴代最多キャップを持つ神戸製鋼の元木由記雄氏が、京都産業大学のコーチに就任というニュースを見た。


京都産業大学といえば、関西の大学ラグビー界では、同志社大学と肩を並べる伝統校。平尾・大八木・林といったスターを擁し、大学選手権3連覇を成し遂げ、関西の雄であるスター軍団同志社大学に、無名選手の集団ながら練習量の多さと練習の厳しさで対抗する京産大、いつしか関西リーグの最終戦はいつも同大vs京産大のカードがお決まりとなっていた。


僕はといえば、それまでラグビーなんてもちろんやったこともなく、TVドラマでスクールウォーズを見て少し興味を持ったものの、前に投げてはいけない、トライしたら4点入る(当時はね、)、15人で行う、ぐらいしか知らなかった。

ところが、テレビ中継で試合を観たり、宝ヶ池競技場に足を運び(連れどうしのひまつぶしか)、生で試合を観たときには、なんやこれ、けっこうおもしろい、楽しい(観戦がね、)・・となり、

知らず知らず、しかしどんどん、ひきこまれ、のめりこんでいったのだ。


冬枯れの芝生、楕円形のボールを泥臭くも愚直に前へと運ぶ。当時の京産大といえば、強力なスクラム。
スクラムだけは同志社はもちろん、関東の強豪校にだって負けない。早稲田のスクラムは粉砕し、明治にだって互角以上、むしろ押し込むこともあった。(でもめったに勝てなかったけど)

大学選手権、花園で早稲田を倒したときは感無量だっただよぉぉ。

ユーミンの、「ノーサイド」がラグビーのことだと知ったのもこの頃。
ノーサイド、いいなあ。メロディーも歌詞も、なんか泣ける。




前田選手がいて大学選手権で初めて準決勝進出し、国立競技場で明大を相手に前半を15−3で終え、TVで見てるこっちもびっくりした時から、(後半は0点に抑えられて負けた)、吉田明選手の時代、日本一のキッカー廣瀬選手のいた時代、そして快速ウイング誰もが知ってる大畑大介の時代。

当時、まだ創立20年前後で、新興大学だった京都産大、就職活動のレベルでも合コンの人気度でも、世間の評判でも、関西では関関同立や国立大にはなかなか及ばず、頑張れど伝統のある大学にはもう1歩及ばない、そんな状態と、産大ラグビー部の、「スター選手は少ないけれど、一生懸命に力をつけてきて、伝統校と互角に渡り合えるところまできつつも、あともう1歩届きそうでとどかない。」という境遇を勝手にダブらせてたかもしれない。


それ以降、ラグビー部の成績が低迷していくのと時を同じくして自分も京阪神を離れ、すっかり応援に行くこともなくなり、最近ではTV中継ですら見られない。淋しいかな、選手もまったく知らなくなってしまった。


最近は天理大が関西勢では唯一気を吐き、関東の強豪と互角に戦っているが、やっぱり同志社、京産大が強くないと関西リーグは盛り上がらない。(大体大もね)

元木さん、よろしくたのんまっせ。




mineshingo at 23:57│Comments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック スポーツ | 明るいニュース

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